★ 特別付録:隊長の柔道のきっかけ(39期主将書き下ろし)
昭和62年4月、私は兵庫県立姫路南高等学校に入学した。 小学校時代より周囲から『神童』と呼ばれていた私は調子に乗ってしまい、中学入学後ろくに勉強をしなかった。 それでも成績は常にトップクラス。 しかし世の中そんなに甘くない。 ドンドン成績は落ちていった。 そのため、レベル的に中途半端な南高に入学することとなった。 そう、私にとって南高入学は実は不本意なものであったのだ。 しかし、そんなことでくよくよしていてもはじまらない。 心機一転、南高で「TOPになってやる!」という意気込みのもと、高校生活がはじまった。
私は中学時代バスケット部に在籍していた。 なぜか?それは背をのばしたかったから。 そう、私は背が低いのだ(自称160cm)。 私の努力の結果、当時の顧問教諭より「おまえはガード候補やな」とみこまれていた。 しかし中二の夏休みにしばらくの間、部活をさぼっていたら除籍されていたのである。 それ以降帰宅部であった私は悪の道に走り、補導されそうになることも数多くあった。 このような経験と反省から、高校では「3年間クラブ活動を続けるぞ」と固く心に誓っていた。 さて問題は何部に入るかだ。
南高では、新1年生に対して「部活動紹介」なる行事が開催された。 各部の代表が体育館で部のアピール演説をするのだ。 その後1年生が各部の見学をするのである。 その際各部では実際に練習風景を1年生に披露するのである。 私は空手がしたかった。 しかし南高には空手部がない。
「おんなじ武道やし、柔道でもええか」
そんな感じで柔道部入部に心が傾いていた。 そんな時、同じ中学出身のS氏が「おまえ、なんかクラブ入るんか?」と声をかけてきた。 S氏とは中学時代1度も話したことがない。この時が初めての接触であった。 私が「柔道」と答えると、彼は「ふ〜ん、俺も見に行こかな」と答え、一緒に柔道部を見学に行くことになった。
柔道場では3年生と2年生が練習をしており、見学者がいることもあり皆まじめに練習をしていた。 3年生には、丸々と太った、いかにも「柔道部です」といった暑苦しそうな先輩もいたが、2年生部員は皆スマートな体系で、やさしそうで、正直な話、柔道部というイメージではなかった。 いや会長(38期主将)だけは恐そうだった(顔が・・・)。 私と背格好が似かよった人も2、3人いる。 みんな楽しそうだ。 柔道部といえば、汗臭く、厳しい上下関係というのが一般的なイメージだが、なにかがちがう。 まじめに練習しているようにみえて、わきあいあいとじゃれあっている。 さすがは中途半端な人間の集まりである南高だ。 南高出身のタレントをみてみてもそれは歴然としている。 ぜんじろうしかり、種浦マサオしかりである。
おぉ、ひめじ〜み〜な〜みこうこう〜。
「これならいけそう」 そう思った私は柔道部に入部することを決めた。 S氏は迷っているようであった。 彼は野球部に入りたかったようだが、昔、肘を手術していたためあきらめていたようだ。 彼がなぜ柔道部に入ったかは謎である(忘れてしまったとも言う)。 数週間後、私は第39期姫路南高校柔道部員として歩みだしたのである。
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