★ 副主将について
南高には「副主将」なる地位が存在した。 これは主将と違って、顧問の推薦なのか前主将の推薦なのか、はたまた部員の総意なのか記憶にないが明らかに存在した。 文字どうり柔道部のNO.2で主将の補佐らしい。 らしいというのが、私の先輩である36・37期生における「副主将」がいったい誰であったかは未だに思い出せない。 現役時代も分からなかったし、尋ねることもなかった。 おそらく名目上というだけで無意味な伝統だったに違いない。
38期生では「M氏」が副主将になった。 このほとんど平部員と区別のつかない「副主将」が我が38期生では大きな役割を持つこととなった。 なぜ、ほとんど陽の目を見ないはずの名誉職のような、受験の内申書でしか活躍のない「副主将」なる地位が、いやその人が大きな役割を持つのか・・・ 賢明な読者諸氏においてはもうお分かりであろう。 そう私、「38期主将」は「サボり魔」であった。
このサボり主将のせいで「副主将」なるM氏は、「常にその存在を主将に消され、誰であるかも部員さえ知らない」歴代の「副主将」の常識を覆す位置に引きずり出されたのだ。 そしてこのM氏はとても真面目だったことも災いした。 主将が練習を休む曜日を部員は知ってても、彼の休んだところなど記憶にないほどの「皆勤男」だったのだ。 そして何を隠そう彼こそがあの「自転車工作員」なのだ。 ※ おもひで参照 彼が私を帰らせないために私の自転車にしてくれた数々の蛮行は忘れない。
タイヤの空気を抜くなど可愛いもんで、極めつけは荷物をくくるゴムひもで我が愛する自転車を亀甲縛りにした挙句、自転車置き場の天井から逆さ釣りという、とても直視できないほどの破廉恥(死語)な姿としてくれた。 そして私が必死に自転車を救出している間に捕獲しに来るのだ。
いや私も負けてはいない。 自転車置き場は生徒によって、クラスによって置く場所が決められてはいたが、校則違反もやむなし、別のクラスの場所に置いたりと工夫をした。
部活動そのものとは全く関係のない不毛な努力をお互いプライドをかけて競い合っていたが、彼の本当の苦難はこれからであった。
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